黒山羊と白山羊、完結

しました。

これも「ラブソング」同様、前に「小説家になろう」に投稿していたものです。何かのネット小説の賞かなにかにも応募してみたんですけれど、なかなか通らずにいたもので、ならもうサイトに掲載しておこうと思ったものです。ラブソングのときにも書いたんですけれど、暇つぶし程度になればいいと思いました。

一応、この話は10月に参加するテキレボに出すつもりです。加筆修正と話の追加は予定しています。

以下、ちょっとしたあとがき。これもラブソングのときと同様、なろうのときに書いたんですけれど、すっかり忘れたので書き直し。

これもラブソングとほとんど同じ時期に書き始めたもので、一時期交互に書いていました。どちらかというとこっちの方が最初で、舞台が夏なのもあって、多分書き始めも夏ごろ。ラブソングでも書いたけれども、自分が本当に滅入っていた時期に書き始めたので、冒頭から暗いですね。”誰かのための人生なんてまっぴらごめんだ”。金曜日のドキュメンタリーにうんざりしているサクマは、どこにも自分の居場所を見出すことができないでいる。唯一心を休めることができるのは、同じ町で花屋を経営している花屋の祖父母の家。でも、母と祖父母はあることから関係があまりよくないこともあり、どことなく気も遣わなくちゃいけない。高校生になったばかりの多感なサクマにとっては、それはとても苦しいこと。自分が中高のときにも、そういうことを感じることが多くて、しんどいなって思うことがあったのを思い出しながら、サクマの煩悶した感情を書こうとしていました。

もう一人の主人公のモモセはサクマより書くことが難しかったです。明るい幽霊だけれども、彼女の過去は決して明るく笑っていられるものでもない、彼女は彼女なりに願いがあるけれど、一方でサクマを助けたいとも思っている。その微妙なバランスを、もうちょっとうまくかけるようになりたいなって思います。

以下ちょっとした小ネタ

おじいさんの家の花屋は、自分の駅の近くにある花屋を参考にしました。花屋にあるフラワーキーパーの名前がわからなくて、「花屋 ケース」で調べました。花のことはそこまで詳しくないので、花を見てすっと名前が出るのって素敵だなって思います。

ラジオ。小学生ぐらいからラジオを車で聴いていた時期があって、今でもたまに聞きます。たまに、自転車にラジオくくりつけて流している人いるじゃないですか、特に夏とかの時期。なんかああいうのいいなぁって。テレビとはまた違って、パーソナリティとリスナーのやりとりがより近いので、不器用なサクマはモモセに自分のことを伝えたいときにはきっとラジオを通して伝えようとするんじゃないかなと。最後に流れた曲は実在する曲で、その曲を聴きながら最後のシーンを書きました。

白山羊と黒山羊。タイトルにもある二つ。黒山羊はサクマ、白山羊はモモセ。羊の対照的な存在として使っていますが、群れることのできない存在としての山羊。他にも山羊っていろんな意味を含んでいることがありますよね。生贄としての山羊、スケープゴート。手紙をむしゃむしゃしてしまう有名な黒山羊と白山羊。前に牧場で山羊見たんですけれど、山羊の目って黒目のところが横長の四角になっていて、面白いですよね。

屋上遊園地。はじまりとさいごの場所。今時デパートの上に遊園地ってあんまり見ないですよね……自分も行ったことがないような、あるような……100円を入れて動くパンダにすごく乗ってみたいと思っていたけれど、なかなか乗せてもらえなかった記憶。居場所を見出せなくなっていたサクマにとって、そこは誰からも忘れ去られていくけれども、儚くて懐かしい、美しいものだったのかもしれない。それが最後になくなるのは、彼は前に進むようになったということ。

なにより書きたかったことは、モモセが言っていたように、自分自身の悩みなんかはちっぽけだけれど、それでも自分自身の代わりになってくれる人はいない。誰かのためなんかじゃなくていい、自分のために生きてくれということ。

このことは、自分も言ってもらったことでした。自分にもすごく悩んでいたことがあったけれど、そんなことは誰しも持っていることで、全然珍しかったりすごく悲劇なことなんかじゃない、それが却って虚しくて悲しくなることを、それは世間一般ではそうかもしれないけれど、それでもやっぱりあなたにとっては大きなクライシスなんだと。